ゲーム音楽、映画音楽、といういわゆる付随音楽(BGM)というものが、僕は子供時代から大好きでした。
もちろん音楽単体としてのジャンルも大好きなのですが、付随音楽には独特の魅力があります。
例えばあるゲームなり、映画作品で印象的な箇所があるとしますと、その時に流れていた音楽も記憶に残ります。
なので時間がたってその音楽が聴こえてくると、「ああ、懐かしい。」とノスタルジックな感慨に浸れるわけですね。
この点から考えると、付随音楽というものは音楽それ自体の魅力もさることながら、視覚的、心理的な要因も大きく関わっていそうです。
日本映画界の巨匠、黒澤明さんはいみじくもこんなことを言っています。
「映画音楽というものは音楽だけでシーンの全てを語ってしまってはいけない。映像と音楽を合わせて100%となるようにするのだ。」
なるほど、と感心しました。
良く考えてみると、映画はもちろんのこと、僕が神ゲーと考えている物はもれなくこういう特徴を持っていますね。
SIREN、ICO等雰囲気を大切にするゲームはそうですね。あくまで補助的な役割に徹する、ということ。
なので映画なりゲームなりを体験する前にサントラだけを聴いても、あまり心動かないことの方が多い。
逆に作品本体を堪能した後に聴くと、「おお!」と感涙にむせぶわけですね。
これはきっと、心で「補完」しているからだと思います。
僕はショパンやビートルズが大好きですが、これらは音楽自体が100%「語って」います。
ですので特に視覚や心理的な補完を必要としないですよね。
だからといってショパンやビートルズが「上」で映画音楽が「下」というわけではないですよ。役割が違うんですから。
血液型AとB、どちらが偉いか、を論じるのと同じくらいばかげています。
ただたまに、付随音楽の中には付随音楽にしておくにはもったいない、素晴らしいメロディーに出会うことがあります。
映画音楽でしたら「80日間世界一周」や「ゴッドファーザー」、「道」、ゲーム音楽でしたら「イース」なんかですかね。
僕の家にはサウンドトラックがいっぱいありましたので、作品本体を観る前に音楽に出会ってしまうことの方が圧倒的に多かったのです。
なので美しいメロディーに包まれながら、「この映画はどんな内容なんだろう?」と、変な楽しみ方をしていました。
後年映画本体を観て、音楽と内容は一致しないという現実を突き付けられましたよ。
個人的に「慕情」なんかは、残念を通り越して笑ってしまいました。(ファンの方ごめんなさい。あくまで僕個人の意見です。)
必ずしも名作=名曲ではないと思い知らされた瞬間でしたね。
ただ、映像と音楽が完全にシンクロしますと、たしかに奇跡のような名シーンを生むことはあります。
僕個人では「ショーシャンクの空に」のラスト、「アマデウス」の最後の葬儀のシーンなんかですね。
黒澤監督の言う「映像と音楽で100%」とは、きっとこういうことをいうのでしょうね。
ゲーム音楽にしろ映画音楽にしろ、良質なものはさりげなく「場を引き立てる」のが、一番の至上命題だと思います。