ヒゲおやじ

ある男の後半生(こう反省)

人生論

2018年。平成最後のクリスマスイブ。

投稿日:2018年12月24日 更新日:

2018年もいよいよ終わろうとしています。 このくらいの年齢になってきますと時間の経過が物凄く早くて、この前年賀状を書いたのにもう次の年賀状かあ~、という感覚になってきます。

昔から繰り返しやっているものほど、年月を経るほどその体感的な間隔が短くなっていくものです。

例えば僕は4年前に脳出血を発症しました。 退院して一年までは時々てんかん発作が起きたことなどもあってか、ずいぶん長く感じたものでした。

しかし試行錯誤の末、薬が自分に合うものに変わっていき、そして時間が経過することにより病状は次第に良くなっていきました。 現在は値段は高いものの効果の高いてんかん薬を利用しているため、発作は起きていません。

何事もない平和な時間が続くと、だんだんと時間の流れは速くなっていきます。 今年はようやく自動車の運転も解禁となったためか、いよいよ病気発症前のスピード感を得てきました。(笑)

しかし悠長にこのスピードに身を任せていては僕の人生はあっという間に終わってしまうので、2年ほど前にブログを始めることにしました。 理由はもともと文章を書くことが昔から得意なこと、微々たるものではあってもそこから収入が発生すれば自身の励みになるからです。

ただ一つの心配は、芸能人でもない自分にブログが継続できるかどうかということ。 話題が続くかどうかが心配でした。 正直、心配なのは今でも変わりません。

僕の趣味といってもそれほど広いわけではありません。 映画をまあまあ鑑賞し、ピアノを我流で演奏し、ゲーム歴が多少ある程度。 だから、僕のブログはこれらが中心となっていますが、今改めて読み返してみますと、お酒のことを書いていたり、生意気に日本の古典について書いていたりで、我ながら「ああ、こんなことも書いていたか。」と懐かしく思いだされます。

そんな中、僕は「株取引」について書いたブログを思いだしたのです。 そういえば株は今年の5月に始めたばかりなのでした。 これはまだ始めたばかりであるせいなのか、半年ぐらいしか経っていないにもかかわらず、ずいぶん長いこと続けている感覚です。 多分これも投資歴が長引くにつれて、だんだんと短くなっていくのでしょうが。

なので僕は思います。 常に何か新しいことを経験し続ける限り、自身の「感覚的な」時間の流れを遅くできるのではないか。 今振り返ると、いいことにしろ、悪いことにしろ、何か新しい経験をした時から一年経つのはやけに長く感じる。

であるなら他人には理解できない自分だけのこの感覚を有効に使いたい。 じゃあ来年はどんな新しい経験をしようかな、と。

-人生論

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

関連記事

僕の浅はかな女性像

先日5ch掲示板で一つ興味を引くスレッドがありました。 「性欲を抜きにして女の良いところを挙げていけ」というものでした。 男女間の友情などを完全否定したかのようなそのタイトルに思わず興味を覚え、思わず …

時間の風化に耐える、ということ。

デヴィッド・リーンという映画監督がいました。 巨匠といってもいいほどの存在で、日本では「アラビアのロレンス」、「ドクトルジバゴ」、そして日本人の俳優であった早川雪舟さんが出演した「戦場にかける橋」が良 …

新 NISAからの人生訓

今年から始まった新NISA制度、テレビのニュースでもやたらと特集が組まれたりして、官民挙げて我々庶民を鼓舞しているように見えます。 にもかかわらず、実際のところ利用率はあまり高くない印象を受けます。 …

「好き」というパワーの凄まじさ

僕たちが中学生の頃の社会科の地理はとにかく暗記、暗記で僕は超苦手でした。 同じ理屈で歴史も苦手でした。 ところが公民は同じ暗記物であるにも関わらず、なぜかいつも満点に近い点数を取るほど相性が良かったの …

知識はかけがえのない財産

「自分は~については自信がある。」、「自分は~が大好きだ。」というのはかけがえのない大きな宝だと最近思えてきました。 なぜならこれらはその人にとってのある種の知識の塊を形作っているからです。 ある事柄 …

最近のコメント