たいていの人は音楽が好きだと思います。 もちろん僕も例外ではありません。 ただ幼少時から音楽が好きだったものの、幼児期というのは自分の好きな音楽を好きに入手して・・・、ということはできません。 基本的に父親が愛聴していたLPレコードやカセットテープから音楽への欲求を満たすことになります。
僕の父親はフラメンコギターみたいなジプシー音楽、映画音楽などが好きでそのような類のレコードが大量にありました。 幼い僕はそれらの媒体から音楽を吸収していきました。 気に入らない曲は普通にスルーし、好きな曲だけ選んでいたので別に苦行ではなく楽しんで聴いていました。 ただそのような経歴のおかげで、いわゆる正統派の子供向けの音楽やアニメ音楽とはあまり接点のない偏向的な趣味の子供が出現してしまいました。(笑)
小学校、中学校とクラスメイトがいわゆるベストテン番組、アイドルの話をするようになっても自分にはあまり関係のない出来事。 ちょうどこの頃は自身の興味がテレビゲーム、パソコン、BCLと別方向に向いたのもあって、音楽自体から疎遠になりました。
そして高校時代に入り、再び音楽へ回帰しますがここら辺で「自我」が出始めます。 クラスメイトが音楽室でノクターンを弾いたことで、また別の同級生が「赤版・青版」を貸してくれたことでショパンとビートルズへの道が一気に開けたのでした。
ショパンとビートルズ。 彼ら自体の価値はもちろん素晴らしいものですが、別に彼らは単体で存在しているわけではありません。 彼らには当然尊敬し目指した先達が存在し、また逆に彼らを目標にする後進だっているわけです。 僕も当然彼らの音楽には熱狂しましたが、同時に彼らの周辺にも触手を広げました。 ショパンであれば彼が愛したバッハやモーツァルト、友人リスト。 ビートルズなら先達チャックベリーやプレスリー、ライバルのストーンズ。 たとえは悪いですが、知識は山火事のように一か所に火が付くとあっという間に広がりました。
56歳の今、僕はラヴィ・シャンカールというシタールの名手の音楽を愛聴してますが、これだって結局はビートルズつながりでここまでたどり着いたのです。 大学時代にはジプシーキングスにハマっていた時期もありましたが、これは明らかに幼少時の「ジプシー偏向時代(笑)」の名残であることは明らかです。
もちろんその時々で突発的にハマる音楽もありましたが、僕にとっては音楽も知識と同じく「広げていくもの」のようです。
最後に音楽好きは音楽の「何を聴いているのか?」という疑問があります。 演歌好き、邦楽好き、洋楽好き、クラシック好き・・・。 色々ありますし、常に同じジャンルしか聴かない人、こだわりのない人、どうしても受け付けないものがある人と聴き手も様々です。
僕個人は前衛音楽と言われるもの以外なら聴いていて不快感がないので大丈夫です。 多分あれは「理論を聴く」音楽なのではないでしょうか。 「ドミソ」という三和音や調性のあるコード進行が心地いいのは人間の生理に寄り添っているからで、現時点で前衛音楽を楽しめる人はコペルニクス以前から地動説を信じられる人くらいでしょう。
まず、歌詞重視の人は演歌や邦楽へ行く可能性が高そうです。 そしてリズム感やハーモニーの美しさ重視の人は洋楽、教会やオペラ、聖歌隊みたいな雰囲気好みの人はクラシック、みたいな。 それ以外にも「〇〇という洋楽の作品が大好き。 それから洋楽しか聴かなくなった。」という、きっかけ作品ありコース。
僕には他人が何を聴いているのかは憶測の域を出ませんが、自分が何を聴いているかだけは伝えられます。 僕の好きなビートルズであれば何十年経っても落ちない作品の鮮度。 しばらくほかの洋楽に「浮気」してしばらくぶりに戻ってきてもまだ若いままそこにいる、という感じです。 ショパンであればピアノという楽器で出されてこそ一番輝くメロディーラインの美しさの連続。 同じメロディーでもほかの楽器で演奏されると魅力半減。
いやー、久々にcopilotなしで語ってしまいました。 たまにはいいものですね。